2010年3月17日水曜日

【世界民衆の「多様性に開かれた社会」の世界感思考と長い歴史と隣国との文化に潜む「日本の多様性に開かれた社会」への厚い大きな壁の存在】

現在、日本は、政権交代によりいろいろな視点から見ても賛否両論な意見が出て現段階の政治政策の不安感が国民の支持率を下げている。また、時期に迫る「参議院選挙」に向けたマニフェスト公約の捻じ曲げ的な法案強行可決も要因の一つとされよ。「国民の為の政治政策」が国民から避難的視点で見られていることすら感知なく政治政策の方向性はどこへやら。政権交代で国民の為の政治政策を期待していた期待と裏腹に「友愛」と称する地方参政権、外国人選政権に対して重大問題を十分な議論なしに進めようとする政権への異議が問われている。

話が少しずれるが政権交代で民主の小沢幹事長が民主議員を500人を率(ひき)いて中国訪問したという報道に国民は、歴史始まって以来の政治家の振る舞いにビックリしたと思う。その後天皇陛下政治利用疑惑上記にも述べたが、地方参政権、外国人選政権に対して重大問題を十分な議論なしに進めようとする政権への疑問も隠しきれない国民の心情がとうとう爆発した。爆発の詳細は、個人的考察から述べる事にしよう。以前、島根県が条例により定めた「竹島の日記念日」が制定されてから隣国の韓国では、以前に増して反日教育に力を入れ始めた事がマスメディア関係の取材がビデオ公開サイトで明らかになったこと。もう一つは、以前日本政府が怠慢か見ぬ振りを決め込んだかは、存じ上げないが、いつの間にか竹島は韓国軍の基地化している模様その背景には、国家の利権に絡んで水面下で動きがあったことや上記の理由も一つの引き金であり、新政権の政治の方向性に危機感を持ったのだろう。

ソースサイト(爆発)
http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000001003150010
ソースサイト(もう一つの理由)
http://sankei.jp.msn.com/life/environment/070827/env0708270744005-n1.htm

竹島領土は、学実的に日本の領土である事は、いろいろなことで立証されていますユウタブサイトでも載っていますのでご参考にしてみてください。

本題に入ります。ソースサイト(爆発)上記にも述べましたが、新政権推(お)し進めるこれからの日本の矛(ほこ)先の政治政策の疑念を懐(いだ)いたからです。国民が新政権に描いている政治色とは、個人の見解では、まったく違った政権であると思われます。以前の政権では、自由主義が結構守られた政権でしたが新政権に入り国民が思う自由主義と新政権の考え方とのギャップが生じていくでしょう。まだここでは触れないでおきます。

現在、新政権になりある面では、日本の膿(う)みを出しつつあり、改善されている事も事実です。この事は、国民も納得しざるしかならないでしょう。しかし、グローバル化に伴う「友愛」宣言。地方参政権、外国人選政権、続いて子供手当てに絡んだ見切り発車の子供手当て。どうもグローバル化の意味を履き違えている様な感じすらする。

ソース
http://www.youtube.com/watch?v=0tfndTstCVE

百歩譲って参議院選挙を想定に措いた政治政策なら真逆と思われ、国民の支持は、得られないでしょう。現在の日本の状態は、以前からブログでも切実に述べてきましたが、世界から見て後がない日本な訳で新政権になっても危機感を微動すら感じていない議員さん達が多い様です。また、新政権に敗れた党の中にもいまだに気が付かれていない議員さん達もいます。人間「なれ」の環境では、何事にも不感症になるようです。ましてや明日を見出せる環境の人には特に現れ易い病状です庶民のなかにも沢山いらしゃいます。

しかし、議員さんや庶民さんの中にも良し悪しに付け真剣に考え祖国を護ろうと行動に移している人達も沢山いるように見受けられる。ある議員さんのブログやムービー公開サイトを徘徊して、心強いく思っており、常々心から応援申し上げております。参院選に出馬する事も必要ですが各自治体での基盤を構築する事がこれからの日本社会にとって不可欠の様に思います。昔から「縁の下の力持ち」といわれている人達がおりました。地位、名誉、名声も大事ですが、誇り高き気持ちを持って成しえる事が一番の様にも思えます。

いまだに日本社会には、何かしに付け差別が存在します。世界にも違った意味での差別が横行している国もあります。日本社会がここまで発展し先進国として名前を列(つら)ねたことは庶民の専心の努力と専念の賜物(たまもの)であり、打たれ強い国民性気質と何でも受け入れ向上心気質を兼ね備えた国民であるゆえになし得た事ですが長期に渡る偽平和の為か「平和呆け」した様にも思えます。

私もその一人のようです。今更(さら)ですが・・・小さい頃から不思議に思えていた事があり今でもそうなのですが・・・あちらこちらの宅を見ても国家記念日に「日の丸」を設置している御宅が見受けられないのが残念に思います。例を取りますが、アメリカでは独立記念日にも拘(かかわ)らず国旗を目にします。しかし、日本はどうでしょう日の丸を翳(かざ)すだけで、非国民のような感じすら受けるのは私だけでしょうか?継母に国旗を翳す事もお寺の縁起物の「弓矢」すら飾る事を拒(こば)まれました。

いまだに何を思って言ったのかは、わかりませんが、世間にもこういった風潮がある様に思います。ソース(爆発)の記事の中にも似たような一説がありました。「バス停に立ち、遠巻きにデモ隊を眺めていた一般の女性が記者に聞いてきた。「あの人たちって右翼なの?」」多分日の丸を翳(かざ)していたからでしょう。以前から右翼宣伝カーが日の丸や軍歌を流していたからだろうか?「日の丸」イコール右翼と捉(とら)えたり事がとても日本人として残念に思います。また、「君が代」を推奨する事は、悪い事なのでしょうか?私は、そんな人達に問いたいです。「あなたが日本人なら、日本の象徴や文化をどう捉(とら)えているのか?日本を護ろうと出兵して行った人達の日本への誇りをどうお考えですか?」っと聞いてみたいです。

人間の個人的視点からみても人間は、過去があって現在に依存し生きられることを知らなければならない。国も過去があって現在があり、未来ががあることを国民や政治家さん達も認識しなければならないことを・・・ついでといっては何ですが、ある国外の人が大日本帝國と書いたブロブを見てか「私達を見下した表現」っと捉(とら)えているようですが、「帝國」の意味は日本文化である皇帝に相当することからであり、日本は、イギリスと似た文化を持ち戦争を敗戦したことで天皇の地位は、日本の切なる要請でマッカーサーから支持され日本国の象徴として存続され、今に至っています。日本の為に世界を回り公務を遂行している天皇の誇りを国民も共有する意志表示として使う事は、誇りを重んずる日本人にとって大切な事であることにご理解をいただきたいものである。

帝國(ウィキペディアさん)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E5%9C%8B

現在の日本人は、人が良すぎるほど温厚な気質もあり、グローバル化には、大賛成である反面、上記で述べた今でも続けられ以前に増して強化的反日教育が子供達に、教え込んでいる状態を察するも日本の未来を危ぶまれるとし危機感を持つのは当然であり、国民として提唱する事は必然であると思える現象ではないかと推測される。相手を知る事が一つの策と考え私もここ数年隣国の歴史文化を知りたくいろいろ調べたりしてみて好意を持ったことも事実で、国家が意図として反日教育している事は、国自体が後退することを意味するところで、自由主義国家が独裁国家に後戻りする事はとても残念に思うにはいられない。本当か嘘かは存じ上げませんが南北統一を目指しての動きも水面下で遂行されているようです。相手を知る事は、自分も知ることに繋がります。自分達の国を良くも悪くもするのは個人の考え、行動が重要です。一部の意図とする強欲の人達から国を護りましょう。

もう一つ不思議な事があります。中国は、台湾を自国として称して在日台湾人をある条件の下で中国オリンピックで世界をリレーする際日本国に国旗を持っている方のほとんどが在日台湾人という噂を耳にしました。日本に在日する朝鮮の人達にも反日教育が行われていることをしりました。しかし、日本国政府は在日する事を承認したようですが、世界各国何処を探してもこんな国があるのでしょうか?「フランスでは移民排斥を唱える極右に、市民団体が「私の友人に手を出すな」と呼びかけて対抗した。」実際にムービーを見ましたが、フランスの方は、日本の在日の方達の板ばさみの現状を把握すべきして視聴すべきです。多分主張出来ないでしょう。在日の教科書の文面をみると在日の方達を無視した国家思想が述べられているからです。日本人にもなれず朝鮮人にもなれない人達は自国や海外から見てどう認識されますか?失礼とは存じますが、左遷(させん)された社員が本社に戻る為にいろいろ摸索している光景に似ています。在日の方達の生きるすべとして日本人と結婚するなどしょう。

戦後の在日数は年々減っていますが、日本人と結婚して生まれた子供達は今どうしているでしょう。そのことを考えると想像しただけでも背筋が凍る思いがします。ひょっとして今の日本は・・・・?日本人の子供は、大人から在日の存在すら教えられてこたかったことは大人の罪です。この要因も現在の日本の姿なのでしょう。
世代交代すれば日本国内も良くなれると思いましたが、目に見えないベルリンよりも大きな壁が日本にも存在していたとは、自分の無知さに厭きれました。このことを日本人は世界の人達に理解していただき隣国との未来に向けた相互関係を前提に前向きに歩み寄る試みをしていかなければ永遠解決されないことになり、日本人は、日本の歴史の過去にあったアイヌ人のような悲劇を辿る事になるだろう。

在日関係に伴う統計表
http://nius.blog84.fc2.com/blog-entry-46.html

今現在日本人の救世主達は、これからの次世代に向けて日本を良くしようと昔ながらの柵(しがらみ)という殻(から)を破る努力をしています。国を動かすには政治家さんもそうですが、庶民の努力も不可欠です。例えるなら自(みずか)らが自立する事は、社会も自立する事にも繋がります。(個々がしっかりとした国家思想を持っていれば社会、国、全体も良くなる)

2009年12月28日月曜日

【リアル社会とIT仮想社会との融合社会構想で豊かな国の未来を目指せ。】

05:41 2009/12/28

【リアル社会とIT仮想社会との融合社会構想で豊かな国の未来を目指せ。】

現在、リアル社会でもIT仮想社会でも世界や日本でも不況和音が流れる中、景気回復に向け各国ではいろいろな政治政策の試みを行っています。以前からもブログの中で述べてきましたが、IT仮想世界でリアル社会にも良い影響新風がふくといい続け、現在Web 2.0に措(お)けるいろいろな関連の事業が日本国内にも展開しつつあり、除々にではあるが明るい兆しが見えてきた様にも見受けられます。ある国では、IT網のインフラ整備を全土に構築されているようです。また、ある国でもITセキュリティも過去から脱却し全世界一位に浮上しIT産業に力を入れ始めIT産業を後押しする政治政策が取られています。

現在日本のIT環境では、いろいろな試みの中、迷走し切磋琢磨しているようです。しかし、ITが進化し続ける中、真逆にも一部にIT規制が掛かり逆行して足枷(あしかせ)になっていることも事実です。以前から「情報共有」がこれからの情報産業で発展するキーワードにもなり、大きく情報産業がリアル社会にもIT仮想社会にも影響し飛躍することと思いますが、一番大切な事は如何に「情報共有」を情報関係の産業とニューズに融合する特化した企業方針や対策を経営ならびにニューズにどう結びつけるかに掛かっています。

情報産業の関連企業を一部例に取り上げて述べたいと思います。現在、情報関連企業の企業方針はどう動いているかは存じ上げませんがネット情報によると最悪な状態に陥っていると推測されます。しかしながら上記の様な発想転換をする良い機会なのかもしれません。現在政府が政策する地デジと称する一貫事業が推進されていますが、デジタル送信のメリットをどの程度までとする政策を取っているかが気になるところです。「地デジカ」(情報をアナログからデジタル化にすることで多くの情報などニューズに発信できる事です)このデジタルをもっと有意義に活用するには、ネット環境のIT網の役割が不可欠とも言えます。このさわりは、徐々に述べていきたいと思います。

現在推進する事業政策の「地デジ」が大きなウイークポイントになることは必須(ひっす)で、リアル社会の地デジ網とIT仮想社会網とをどう融合し得るかです。もちろんこれらに伴いメディア機も時代の流れに従い形も形体も変わっていくでしょう。現在はTV、PC、携帯端末など多種多様です。

一部企業さんでは、もう始まっている様ですがどれだけリアル社会に特化したサービスや経営利益に繋げる様になるかが焦点でしょう。関連企業のインターネット情報を拝聴する上で一つの企画に対し課金制度を設けるサイトが増えてきていますが内容的に観ると果たしてリスナーと企業側方針とのニューズがマッチングしているかが疑問です。もしニューズが必要とし受け入れる形の場合には課金制度も成り立った事業展開もありえると思いますが・・・・。

しかし、リアルとITを総体的に見るといかがでしょうか?確かに以前IT仮想社会ではマーケティングが発生しないと、どの企業も参入しなかった様に見受けられましたが現在IT世界では多くの企業が参入し始めて入るようですが一部の企業を覗き、参入企業さんは、たいはん利益に繋がるまでは至っていない様にも見受けられます。話が反れましたが、日本のことわざに「損をして得をとれ」と言うことわざがあります。企業が「慈善事業をして利益が上がるか」と猛烈にお怒りする企業もおいでになるでしょう。しかし、もう一度過去を振り返ってみてください。慈善事業的な情報企業が過去には猛威を振るっていた時代があった事に気が付くことでしょう。

現在、インターネットの支流とも言えるWeb 2.0を如何(いか)に活用して企業利益とニューズのサービスに貢献する事ができるかと言うことです。Web 2.0とは、簡単に一例を述べると映像音声をウェブサイトに埋め込んで発信する一つの技法です。これをリアル社会とIT社会を結びつけ一つの情報媒体とした一例の「地デジ」と称するリアルな形をIT社会に相対構築する事でリアル社会とIT社会が融合し情報が共有する形が構築され企業ともに地域が活性化される様にもなります。もっと解り易く説明すると、情報は物理的から受け仮想世界に入りまた物理的な形に変わります。それがリアルと仮想の融合です。

政府国会議員さん達は、日本のIT環境をどのようにお受け止めになていり事でしょうか?
全世界も議員さん達が、インターネットを使い政治を身近なものにし支持率をあげる一つのアイティムとし活用されていますが、そればかりではなくこれからもインターネットを最大限活用し自己の政治ポリシーを発信して頂きたく事を願うと供に庶民に見える政治姿勢をアピールして頂きたいことをこの機会に述べ切に訴えるものである。

以前からもいろいろIT関する事を概略的に述べさしていただいてきました。上記に帰した事は、ITがマーケティングが発生し新しい形の企業媒体として一つの戦略的アイティムとし大きく関わったりこれからの未来を背負っていくことにも繋がって行き、日本や全世界の人達に大きな「夢」が現実おびた形に変わるのも遠い未来の事ではない様にも思えます。

2009年11月9日月曜日

【日本の雇用問題が引き起こす経済破綻と国民の奴隷化への現状

【日本の雇用問題が引き起こす経済破綻と国民の奴隷化への現状】

〔企業・雇用に伴う法律を抜本から従来の法律をも見直し、改革しなければ未来の日本は無い〕

以前のブログに【日本の少子化が止まらない国家国民社会保障システム背景】で日本の社会保障システムの概略を述べさせて頂きましたが、このまま手を拱(こまね)いた政治政策をしていると国民の生活がさらに悪化し、また、日本経済もさらに今の現状より悪化する事は明白であり、上記のブログに記したように、日本経済は、戦後産業に大きく依存し、ただそれだけが日本を支える道であるっと頑(かたく)なに信じ込んだ国家政策に輪を掛けるように、自由化を押し進めて、日本の農林水産業を蔑(ないがし)ろにし、日本のGDPの更(さら)なる日本経済悪化の要因を増大させ、未来の大惨事を引き起こす要因に成る事とも把握しきれなく、高度成長期時代も追い風となり、政治政策の方向を狂わせ、お役人達が貪(むさぼ)る税金となし、日本政治や政治家、官僚、お役人の腐敗を起こし現代の日本経済の崩壊を引き起こし、今もって、日本の政治の迷走(めいそう)の漠然(ばくぜん)とした政治政策を継続している事は、今もって危機感の無さが伺(うか)がえられる事は、残念である。これからの日本国家は、益々国民の奴隷化が増すばかりであり、日本国家をも脅(おびや)かす大問題である腐敗の根源となる火種を取り払わなければならない事は、切事実である事を把握した再認識をもう一度改めなければならなく、けして今の時代の様な過(あやまち)を次世代にあってはならないことで、二度と繰りかえさぬ様現代の日本社会の現状を直視し、国家存亡である事に社会全体が気が付かねばならない。

ここで、先に述べた国家国民社会保障システムとそれに伴う要因を少し詳しく述べる事にしよう。
述べる前に、何故に今現在の社会になったか?もう一度、再検証してみたい、日本の国家国民社会保障システムの成り立ちは、【日本の少子化が止まらない国家国民社会保障システム背景】のブログを参照していただこう。現在の雇用問題は、今に始まった事ではないが、ここ数十年まえから燻(くすぶ)っていた問題がアメリカのリーマンショックやサブプライム問題などで、一挙(いっきょ)に、現状やこれから先の問題を抱えている日本の過去の産物もいしょに噴出(ふんしゅつ)したことは、この様な社会現状に成りえる事を、政治家、大企業のトップ企業人達は、予測や予知すら出来なかったろう。しかし、ある程度は、予測の範囲内であった事も、事実である。

皆さんも、記憶に新しいと思いますが、雇用対策問題で、ある政治家さんでの案で、法律が施行(しこう)、した事も現代社会の国民生活安定の基盤ともいえる雇用問題を大きく狂わし、間違った結果を齎(もたら)した要因の一つでもあります。どういった原因を齎(もたら)すのか。何処の国の企業も、まず、無駄をなくすから始まり、(生産効率を重視、経費の削減など・・)最後に行き着くところは、人件費の削減でる。詳細を少し述べてみる。削減対象は、以前は、アルバイト、パート、若者といった順序で、最終的に高年齢であったが、現在では、高齢者、アルバイト、パート、非雇用者、正規雇用者(大企業と中小企業で少し削減対象者が異なる)の順序の様である。どちらにしても会社の一番の財産的である経験者(高齢者)をきる事は、企業にとって一番の痛手でもあるが、企業側からしてみれば、背に腹は代(か)えられないのだろう。しかし、一番中で疑問に思う事は、派遣法なるものを施行し政府が派遣社員を推進している事が理解に苦しむ。何故なら派遣社員賃金は、人件費ではなく、経費商品扱いで、会社の経理上経費扱いされるそうです。税務署でその経費扱いの内訳は結局税金で企業側に補填をしているような事になり、その税金は、国民が支払っている事にもなるという事は、益々国民の負担率が高くなることに繋がります。よくよく考えるとそのシステムは、理不尽なサイクルが発生していることにもなます。上記に述べた事に関連して、そのもっともな原因が国家国民社会保障システムの福利厚生原理との企業側負担な理不尽なギブ・アンド・テイク論です。

少し、話が反れますが、とあるブロガーさんのブロブでの話しの中で、話を掻い摘んで一例でお話しますが、司法行政書士業界で理不尽な事もおきているようです。司法書士では、企業の経理もできる様ですが、経営難から経理を代行する司法行政書士さんから経理を覚えた人が税理処理を税務署に行き手続きをし経理代行業者の経費を削減している傾向との事で、高い事業料を払い難問な国家試験を通り抜けて独立開業(開業するにもいろいろな制約が発生したりで)しようにもできない現状だそうです。


日本の産業経済が、頭打ちに来ていた事は、どの企業の経営陣も、分かっていた事と思います。日本の全(ぜん)が全部とは言わないですが、産業関係の大企業や国家を支える企業など、その背景に経営の甘さ(行き着くところ最後に政府への陳情(ちんじょう)で、税金での補填(ほてん))を、などと大それた考え方をされている様子が見え隠れしている事も事実の様でもあり、皆さんもお気付きではあることと思いますが、今現在でも周りを見渡せば、感じる節も多々あり、政府問わず都道府県様にも見受けられ、現在の政治を見ていても最後に行き着くところは、国民への税金過大負担に繋がる政策ばかりが目立ちます。一番改革を成さねばならぬところの致して頂くべきところの方向は、変わり行く時代対応の憲法の改革であり、見直す一番重要なところではないでしょうか。

以前にもブログで述べた【日本の少子化が止まらない国家国民社会保障システム背景】の中にも延べさせて頂いていますが、戦後の国民社会保障システムは、その当時では、画期的な対策だそうですが、しかし、文明、が進み、また、文化風習や社会常識も時代と供に変わり、現状の法律では、対応、対処ができなくなっている事も現状であり、社会保障も、時代の流れに沿った形態に根本から見直す時期でもある事は明白である訳で、雇用に対しての法律も改めためるべきである様にも思います。雇い側からも、雇われる側からもギブ・アンド・テイク(持ちつ持たれつ)の間柄が真の民主主義国家ではなかろうか。互いが認め合う事で、男女の格差から誣(し)いては、企業収益、利益向上、雇用者生活安定にも繋がり、国家も潤(うるお)い活性化した国家を築き上げる事にも繋がることと思います。

もし、国民の社会保障は、などと戯言(たわごと)を言って国民に税金を押し付ける日本政治政策がこのまま改革されなく進行するようならば、お国の為と言ったマインドコントロール化された常識や風習な考え方を根本から取り去らなければ、極論ながら国民は、政府の犠牲にならない為に、身の破滅になることを視野も入れ、現在の日本政治政策や社会経済の方向を踏まえた理解をした上の行動を摂(と)らなければならず、これからの時代、自分を守るすべを、国民は、自ら学ばなければないだろう。そんな時代が、もうそこまで来ているが、どうすればいいか、以前に地方分権をブログに述べ提案した事もあり、日本の人達や政治家がどう理解したのかは定かではありませんが、地方分権を推進している上で、日本の方向が正しく向かっている事は、大変良い事だと認識しなければなるまい。真の地方分権のあり方を望みたい。

2009年8月7日金曜日

【日本の少子化が止まらない国家国民社会保障システム背景】

【日本の少子化が止まらない国家国民社会保障システム背景】

世界が不況と騒がれる中、各国の経済は徐々にですが回復の一途を辿りつつありますが、日本の国内情勢は、益々貧困の格差が膨張していく傾向にあり、根源を対処しない限り永遠に続き凶悪な犯罪も増えゴーストタウン化した日本になるやも知れません。外国の教授が世界の不況を統計的にまとめて論文で公表したそうですが、日本の経済に関しては、解明できずまったくもって分らないと不思議の言葉を残したそうです。世界の経済の動きは大まかに分りますが個々の国の社会保障の仕組みは、どんなシステムになっているかは存じ上げませんが、国が発展し経済も発展し人間の物欲を満たし、また、世界が平和である事は、大変喜ばしい事ではあるが、経済が発展すれば必ず格差が生じる事は、現在の世界では免れる事はできないかもしれません。しかし、格差を最小限にした政治構築は図れると思われる。

格差といってもいろいろな意味合いが含まれ、ここで述べる格差とは、国、個々の人々で表現します。国が発展するには、そこに携わる人々がいて、人々の生活が安定すれば自(おの)ずから国も豊かになります。この事が、文明社会の基本姿勢であり、けして忘れてはならない事です。日本では、その制度が、企業に依存し、雇用社会保障を国と半分ずつ負担する体制作りをするシステムに如何に国家が依存するかです。
戦後、国民は、社会保障システムが構築され、人々が安心して社会生活が出来る様になりました。しかし、世界がグローバル化に伴い、あることから(過去のブログを参照してください)現在では、社会保障システムがうまく機能していなく、崩壊状態にまで陥(おちい)ってしまいました。

日本の国民は、前途の経済不安から身を守る事が先決と考え個人消費を最小限に抑(おさ)えたり、社会不況(しゃかいふきょう)の煽(あお)りから企業からの不当解雇への不安、など・・また、諸事情から解雇され非雇用を余儀なくされたりで、収入も減少することも有り、最低の生活環境に置かれる今世紀の状況を直面し、人間本来の生活様式(男女間の価値観、貧困(ひんぷ)の格差、その他など・・・)いろいろな要因が含まれます。)まで影響し狂いまじめて来ています。その要因として考えられる事は、企業に定められた福利厚生の国家義務規制も一つの要因ではないかと考えられる。過去を遡(さかのぼ)ると、企業赤字経営建て直しの際に必ずする対応策は、雇用を削減(さくげん)する事で、良しとされてきました。現在起きている経済の未曾有(みぞう)に伴い企業が過去とまったく変(か)わらなく同じ事をして、経済や国民の生活に大きく影響を及(およ)ぼしている事は、まったくもって学習をしていない悪いお手本です。世界が現在、景気回復をし始めている事は、過去に同じ事が有り、その時の学習効果が甲を称したのではないかと思います。しかし、日本は、過去に一度ありましたが、間違った方向に走り、(今なお柵(しがらみ)を引き摺(ず)っています)まったく持って学習をされなかった事が、現代に現れ、あわたふためいているのが今の日本政治の現状です。

企業に義務付けられている規制は、まだ、いろいろありますが、庶民に関わる一番重要な一例をあげて述べさせていただきます。その例として雇用者の身近な社会保障制度の一つとして福利厚生があります。(福利厚生の意味は、ウィキペディアさんのリンクを貼らさせていただいていますのでそちらをご参照ください。)一応働く人にとっては、命綱みたいなものですが、考え方によっては、理不尽な制度と言えます。(詳しい事には、ここでは、触れません)この制度は、政治と企業が深く関わった制度で、企業と雇用者の間の格差の要因の一つともいえます。雇うもの雇われるものの間には、ルールがあるようです。以前勤めていた会社の社長が一言こぼした言葉の中に、「此の頃、雇われているものが強くなった」っと、ふともらした事を耳にした時の事を思い出しました。企業全体のトップは、同じ事を考えていないと思いたいですが、しかし、これが現実でしょう。
企業とすれば福利厚生の規制が大きく負担となり、また、企業発展の支障にも繋がっているのではないか?雇用削減もこうした理由からなされ、また、非雇用者を生む原因にも繋がっている様にも思える。そればかりか、男女間の格差や核家族、家庭崩壊、にも大きく影響し少子化に繋がる要因にもなっているのではないか。以前にもブログで述べたが、国民あっての企業であり国家でもあることを常に根底において置かなければ、国家は、けして豊かな国とはいえない。

現在パワーハラスメントなる新語を耳にする事があると思いますが、このことも上記に述べた一例として大きく関わっているのではないかと推測される。話が少し反れましたが、雇われるものと雇う者との不平等があっては、いろいろなトラブルが生じる事は、避けられない。人々は、一日の内の大半を過す時間は、会社にいる時の方が生活時間より長いのは、少し人間の生活観から不条理の様な気もしますが・・・この福利厚生を企業に依存するのではなく政府が管理し国民への国家保障制度を構築する事で働くもの側と雇うもの側の公平差が生まれ安心して人間本来の営(いとな)みが出来るのではないかと考えられ、福利厚生国家社会保障制度の中身は、それに伴ったルール付けも必要になってきます。社会保障の算出の心当たりは、現段階では、消費税から算出しかないだろう。

現在、消費税という税があるが以前は、物品税というものがあり高価な物に税金が課せられていたが商品が売れなくなると言う懸念もあり、また、税金が多く徴収することが見込めず消費税として名前を変えて多くの物から徴収することになった理由かは存じ上げませんが、けして悪い政策ではない、ただ日本には、いろいろな税の取りかたが混在する為、消費税引き上げには、庶民からすればすんなり受け入れられない姿勢が見受けられるのも頷(うなず)ける。しかし、現在日本の経済を立て直すには消費税を上げ算出するしか手立てがない様に思われ、っと同時に貿易も活性化しなければならない。闇雲に消費税値上げ反対だけでは、結果が付いてこない。もし反対するならば、消費税に換わる算出元を提示してから反対して頂きたい。

今でも記憶しているが、一時マスメディアで年金問題や社会保障の算出で取りざたされたが、何時しかそんな話も何処(どこ)えやら・・・一部の強欲XXXXさんから圧力が掛かったようにも思えるが、でもマスメディアも瀬に腹は代(か)えられないのか長いものに巻かれたようです。

〔福利厚生〕ウィキペディアさんから
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E4%BA%8B#.E7.A6.8F.E5.88.A9.E5.8E.9A.E7.94.9F.E5.88.B6.E5.BA.A6


今、庶民の方達は、日本政治を変えなくてはならない事は、百も承知かと思いますが、過去と同じ過(あやま)ちを繰り返してはなりません。昔からの柵(しがらみ)や風習などに囚(とら)われないで、一個人、今、自分は何をすべきなのかをもう一度、自我に問い直し、立て前のマニフェストに惑(まど)わされず、政治家個人の主張が本心なのか見極め2009年8月30日の衆議員選挙に望んで頂きたい。日本の国民は、これからの変革日本の分岐に立たされていることを「肝に銘じて」忘れないでください。日本の生死を変える選挙になるやもしっれません。政治は、あなたと繋がっている事を再認識して頂く事を切に願うにはいられません。

一、国内セフティネットの見直し構築(収入、福利厚生保証、雇用再生システム、その他)

一、少子化(家庭安定と親の倫理)

一、学問と社会学問の融合性

(ここでは、概略的に触れています。詳細は、また述べます。)


国の社会保障制度のあり方の見直しで、日本の少子化について持論を述べさせて頂きましたが、他にも少子化の原因や要因がいろいろあると思いますが、一番の要因は、国民の生活の安定から、みな繋がっているのではないか、また、動物の中にも現れているみたいですが、育児放棄をする親もつい最近、垣間(かいま)見ることがあり、人間社会にも似たような現象が起きています。昔は、一部を除き、子供が家に戻ると家には必ず母親がいて、家を守り、父は、外に出て働き生活を守るっという場面を見ましたが、近頃は、そんな光景も見れなくなりました。このことに対して異論がある方もおられるとは思いますが、人間の男女はそれぞれ役割というものがあり、昔から継続されてきた風習的なルールがありました。私は、このルールは、けして絶やしてはならないルールだと信じています。なかなか現在の政治体質では、理想に近くなってしまいますが、世の中が良くも悪くもなるのも「人間は平等」である事を忘れてはならないことから始まります。人間社会は、文明や文化が時代と供に変わり対応を余儀(よぎ)なくされますが、子供達に対しての人間様式は、けして変わっては、ならないと自我にいい続けたいと思っています。

2009年7月23日木曜日

【自然と共生共有する事が人間の未来にも繋がる】

【自然と共生共有する事が人間の未来にも繋がる】

戦争は、何故に起きたか?「戦争」の要因は、文明が進歩するに従い、人間本来の闘争本能が導き出された姿ではあるが・・・遺伝子の中に組み込まれた人間の生きる道である闘争本能が文明の進歩と供に本来の遺伝子プログラムの形体が捻じ曲げられたことから今現在に至るまでの歴史でも分かるように弱肉強食(戦争)社会が当たり前のように繰り返されてきた。今現在も、世界の何処かで小さな戦争が起きている事は、グローバル化した現代では、ガラス越しの様に映る事で、世界の人々は、今まで自分達が戦争を行って来た事は、完全なる過(あやま)ちであると認識し始めた様である。心奥底では、間違いであると、認識しつつも無勢多勢で、一個人の主張は、まかり通らぬ時代でした。しかし、現代先進国の人々は、やっと戦争からの柵から脱皮する事が、できる知的進化人に進化し始めたのである。

先進国と新興国、発展途上国との間にとてつもない格差が生じている事は、分かってはいたが互いの国益の事を考えおろそかにしていた事は、事実であり、意か仕方ない時代でもあった。ここにきて、世界は、(地球)一つであると気付いたのである。現在、地球の自然形態が異変を生じていることは皆さんもマスメディアなどから知識は得ていると思いますが、地球存亡の危機に立っていることを知り、先進国は、今まで自分達が地球に対しどれだけ無関心だったかを思い知らされている事にやっと気付き「世界の人々は、一つである」と供に世界の人々の権利は平等であり、互いに助け合う大切さが各国の人々や国を平和に導く祐逸(ゆういつ)の道であると悟り始め、先に行われた京都議定書(地球温暖化防止京都会議、COP3)に謳(うた)われた全世界の取り組みとされる地球の環境問題を平和なる扉の鍵として、先進国初めとする新興国、発展途上国、一丸となればきっと世界の人々は、以前よりも平和な世界に近づけるのではないかと思いたい。

上記、簡単にこれからの世界情勢を概略的に述べましたが、ここまでなるには、各国いろいろな問題に直面する事は、皆無で、いかに新興国や発展途上国の人達が先進国が進めている地球の環境を自然に戻し自然と人間が共存、共生していける環境構築に理解して頂けるかが焦点です。ここで少し話しを反れますが・・ある一部の人達の間で、疑問視されている方達がおられます。疑問視とは何か?今、世界で騒がれている二酸化炭素などのことです。科学者の間でも論文で意義を唱(とな)える方達もいたり、一般庶民の間で環境産業に依存しあらぬ方向に行くのではないかと怪訝(けげん)する声(意見)も出ています。確かに、何事もそうですが、一歩間違えればまったく逆の道を辿る事にもなります。しかし、そういった意見や科学で分析した事を否定する訳ではありませんが、今の地球の危機は、過去に愚(おろ)かな人間達が自然環境を不作為(むさくい)に壊してきた事は、事実であり、人間として歴史に残る汚点です。

科学者や一般庶民のおしゃっている事は、間違いではないようです。しかし、現段階の地球環境や全世界の人々の生き方を考えるなら、議論する事ではないでしょう。地球環境や世界の格差事態のほうがより深刻な問題です。今、人間が問われている事は、人間達や地球自体の存亡にもっと関心を持ち次世代に我々は今、何をすべきなのかを個々に問わなくてはなりません。その前の段階に、如何に戦争(テロ含む)にならない社会にするか。先進国、新興国、発展途上国の格差を無くし人々の人権、尊厳、を平等にするかということから始まります。そのためには、人間は、知的進化を遂げなければなりません。

一、戦争(テロ含む)を根源から絶つ
一、世界の国との格差を無くす。
一、国同士のグローバル化

話を戻します。
上記に述べた戦争(戦争という言葉を使っていますが、戦争の意味は、いろいろな国家の複雑な要素など含まれるので、ここでは、深く触れません。)を人間は、繰り返してきました。しかし、戦争は、貧富、貧困を生むばかりではなく、国家そのものが崩壊に繋がります。また、そこには、何も生まれません。技術の進歩を平和に使うことで、国も豊かになり国民も豊かになります。戦争をしないで国を豊かになるにはどうしたらよいか?以前のブログでも述べてきましたが、「戦争に変わる発展は、自然と共有、共生する事です。」過去の人間達は、地球の自然を破壊し産業社会を形成し発展をして来ましたが「有る物が無くなる」などと思わず、何時までもあると錯覚したか見ぬ振りをしてきたように思います。何時(いつ)かはなくなる資源にばかり頼っていてはと分かっていても切欠(きっかけ)がなく摸索していた様にも思う。しかし、ここに来て自然界の異変が、功(こう)を奏(そう)したのでしょうか?世界が自然と共有、共生を選択をし、本来の人間と自然の共生が復活し始めたことは大変喜ばしい事である。

世界の各国との格差や世界の人達が平和な暮らしをするには、世界の人達が一番望む小さな幸せの為に戦争をなくし互いの国家を重(おも)んじ、協力し合う事です。その為には、国民一人々が、意識改革し情報を共有する事から始まります。トップ外交や関係団体は、国家の代表としてグローバルに責務を全(まっと)うし、国民は、横の繋がりからの国づくり支援をし、世界格差の無いにして頂きたい事を切に思います。

現在、京都議定書(地球温暖化防止京都会議、COP3)に謳(うた)われた先進国の割り当ての値を、新興国、が肩代わりすると言う新ビジネスまかり通っていることには、いささか疑問に思われたり、先進国の過去の責任と主張し、先進国と新興国の間では大きな隔(へだ)たりがあるように思えるが現在新興国の現状は、先進国の現状とまったく値が同じ環境におかれている以上に深刻な状態と言ってもいいだろう。しかし、新興国側からしてみれば、難題を付き付けられている事には、変わりない。先進国は、環境技術を国家プロジェクトとし技術協力を申し入れ互いの国家の技術発展や国益と成しえる環境づくりと供に協力し合える体制を構築して頂きたい。

発展途上国に対し、農業、漁業、林業などの分野に置いて、技術支援に伴う自立した企業形体社会組織構築協力を支援することで、国民が自給自足の合理化促進でGDPを上げ、国民が飢えや貧富、貧困からの脱却し安定した暮らしが確保出来るように望みたい。国内の農業では、緩和規制産業にも各企業もモデル参入し始めてはいるが、企業にとっては、ハイリスクが余儀なくされ、消極的であるのは、今の現状である。中小の農業参入でも、無縁に等しく、国家レベルの支援を行っていただかなければ参入は望めない。また、既存農業関係者の支援も国レベルで両立した対応と支援する方向で農業活性化に対処して頂かなければ、益々既存農業や漁業は衰退の一途を辿り国内GDPにも大きく影響する事は避けられない。

一、リサイクル行政枠内支援(国家レベル支援や地方レベル支援)
一、新規参入ベンチャーに対する支援
一、緩和新規産業支援
一、既存農業、漁業、支援
一、その他

人間が進歩する中で、自然と共生し共有し合う事により効率の良い技術革新が経済を発展させ未来に繋げていけるのであれば次世代にもより大きな財産を残していけるのではないかと思われる。また、各国や国内にしても、環境産業から大きく飛躍する要素が膨大にあり、また、新たなる技術革新も行われ、如(お)いては経済効果の影響も大きく社会貢献もできるのではないかと推測される。現在、いろいろな分野において環境に優しい商品開発に各企業が取り組みをなされている事は、大変喜ばしく、自然環境と共生融合した未来社会が、もうすぐそこまで来ているようである。

2009年5月21日木曜日

【日本は、密かに、狙われている】

〔縁の下の力持ち〕
第二次世界大戦後の日本は、大日本帝国祖国の復興に全力で国づくりを行って来ました。周りを見渡せばお分かりと思うが戦後、資本主義の自由民主主義国家が構築され、日本が第二次世界大戦の戦争の代償責務からも、世界平和への貢献や技術協力し、現在も、世界各国と協力し合い今の時代に至っている訳ですが、そこには、文明が大きく関わっていた事は、みなさん、学問の過程で習った事で、お気づきのことと思う。何も無い戦後の日本国内の経済の動きの一例を述べると、まず、文明機器である自動車産業について述べる事にします。アメリカから文明機器が輸入され、ここから、技術革新に、火が付き、日本の国内産業革命時代の幕開けになっていきました。

後(のち)に、世界の人達の一部から浴びされた言葉が、「イエローモンキー」とバッシングを受けた。時代もあった事は、体験した方もおられると思います。現在も、似たような言葉を受けると言うことを、留学生さんに聞くこともあるが、ごく一部だそうである。(やっかみも含まれた言動でもある)流石(さすが)に一理はあるが、しかし、確かに日本人は、物まねが旨い、だが、隣国のように丸ごと技術を盗むような国家法案を確立した政策行為はしていない。日本が、輸入したアメリカ車は、故障が多い事で有名になり、また、メンテナンスのネットワークが確立していなく部品交換で何週間も待たされた。世界と日本の違いは、どちらに利があるかである。日本企業の車業界では、大量生産ラインと品質向上を根本に置き、故障が少ない車作りやメンテナンスのネットワークを確立させたシステム作りを基本として、国外輸出や国内に反映させることで、日本経済を豊かにし、また世界に大いに貢献した事が、現在の日本の産業分野に大きく関わる事になり、日本経済の主流ともいえる日本社会の中流社会と中小企業の産業分野が増えたり、伸びたり、した要因なのだ。のちに、バイク企業から世界に名をとどろかせた創設者が、未来を見据えた技術革新の先駆けともいえる車をF1進出しその技術を、環境に優しい車作りをして有名になった。ことは伝説である。

参考サイトリンク
「 中○の知的財産丸ごと乗っとり策 」さんから
http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2009/05/14/%E3%80%8C%E3%80%80%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E7%9F%A5%E7%9A%84%E8%B2%A1%E7%94%A3%E4%B8%B8%E3%81%94%E3%81%A8%E4%B9%97%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%82%8A%E7%AD%96%E3%80%80%E3%80%8D/

上記は、一例だが、家電、他いろいろな産業分野で、日本人の勤勉、賢さ気質と、技術力の高度社会成長に、関わっていて、現在の日本の象徴である技術力には、世界からもいろいろなことで絶大な評価を受けている事は、名誉であり、次世代にも受け継がれなければならない。しかし、ここに落とし穴があった事は、いなめないことは、事実で、現実に起きた社会背景が、今の日本経済であり、資本主義の実態なのである。何事もそうであるが、先を見据えた産業発展、文明進歩である事は、どの世も同じで、理想な社会ではあるのだが、人間は、愚かで、目先の事や目先の生活の事に集中し、まわりのことに気を配る目が、今一欠けている事が失敗の要因の様に思います。政治を見れば、その場しのぎの政策が目に付く事が多いと思いませんか?仏教で言えば、煩悩(ぼんのう)〔貪・瞋・癡・慢・疑・悪見〕が、邪魔をするのか?

資本主義の市場経済の失敗が世界の大不況を招いた結果、でもありますが、そこまで行き着く原因は、過去の先進国の未来を見据えた経済政策や企業政策の怠慢に依存した政策、方針も他の要因です。世界のマスメディアは、前者を協調して報道されているようですが、実は、このほかの要因が、世界不況を招いた発端でもあります。ある国の大統領から10年の怠慢政治を例に取りざたされ、スピーチされていましたが、10年間の怠慢は、日本国内のバブル崩壊の立て直し政治政策であって、そのことと世界不況は、少しずれた見方をしている様に思える。日本だけを考えると、その事が、現在の政治政策や国内活性かに対する足かせなる大きな要因になっている事は、事実ではあるのだが、要因は、深く別のところにある。世界の不況は、簡単に言ってしまえば、個々の国の政治家さんの政治怠慢が共通している点では、同じである。国を率いる海外向け企業の、国民が、中小企業に大きく依存した体制は、出来るだけ避ける事が慣用であり、国内企業は、分散した国内産業を構築する事も重要なる政治政策の一環でもあるような気もします。

上記に纏(まつ)わる日本国内に関する諸問題対しては、又の機会に述べさせていただきたいと思います。

一、ものづくりには、自然環境に重視し配慮したものでなければならない。
一、ものずくりの飽和化を避ける新技術革新を心がける。
一、リサイクル技術革新と保護政策の対処拡大
一、新興国、発展途上国への技術支援(産業や農業など・・・他)

ここから本題である。

〔闇組織の陰謀〕
日本の高度成長期に、政治家や大企業に関わる一部のトップの人達の怠慢が現在の社会背景であり、また、国民も政治に対しての意識怠慢をした「つけ」が、まわってきています。一部偽善者社会も構築されているようですが、世代交代で徐々にその社会思想の考え方の人達は、いなくなると思いますが・・・ここで厄介(やかい)な問題が、圧(の)し掛(か)かってきました。世界の動きが、世界大不況に伴(ともな)い、ある一部の思想化達が、目論(もくろ)んでいる動きが見え隠れしています。以前から気がかりな事がありました。それは、戦後の柵からか日本国内の宗教関係の法律です。時代の流れに、こちらも対応出来なくなってきています。余りにも日本国家の宗教に対する観念がなさ過ぎるのではないか?と思います。宗教を云々(うんぬん)言う訳ではありません。日本の歴史には、ちゃんとした宗教があるではないかっと言うことです。日本の宗教を守る意味での憲法が、ある一部宗教団体思想までも守る憲法に依存している事は、日本国家の危機であり、国全体の存亡にも関わる重大問題である。世界の世論一般論からも明らかである。カルト宗教の存在について、学者や評論家さんたちの間で、懸念視されてきましたが、まさに、今現代が危機に晒(さら)されているといってもいいと思います。今日、大きな衝撃なニュースが飛び込んできました。それは、あるカルト宗教団体から政治関与する声明文を発表する記事がありました。〔「幸○の○学」が衆院選で候補擁立目指す 25日に記者会見〕とありました。

産経ニュースさんから
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090520/stt0905202027013-n1.htm

現在、いろいろ疑惑付きの政治家の党が現在、国家、また、関連他にありますが、(現在、与党の連立に属しています)あまり思わしくない思想の団体との関与があるとされています。ここでは、詳しく述べません。検索サイトで検索してみてください。ここぞとばかりに、動きまわる族(やから)が、目に付きます。日本に古くから伝わる諺(ことわざ)に、「眠っている何とやらを呼び覚ます。」と予期せぬ時に引用して使いますが、あまり、良い言葉の意味ではありません。上記の記事で、もし、当選や党発足の事態は、万が一ないと思いますが、なってしまた事を述べさせていただくと、これらの関係者は、ある国に精通する思想をもった方達のようです。ネットで検索すれば、いろいろ出てきます。調べた事を参考にして、有権所の個々の日本に対する真の国民の為の政治をされる方を選抜しなければ、本当に、日本の国が消滅しかねない惨事を生む事になります。

懸念要因は、独裁国家に君臨する人達から日本国家を守ることです。戦前の独裁国家思想を野放しにしておけば、また戦争が起こりうることや独裁国家支配の下での植民地化に日本が成り下がる要因があり、支配されれば、日本国民は、物扱いにされる時代になるやも知れないからです。ひょっとして、日本人は、いなくなるかも?(現在も、もうなりかけていますが・・・違った意味で・・)戦前独裁主義思想の人達の国内政治に関与を、絶対にさせてはならないのです。以前に、ある人から聞いた事があります。組織を拡大して政治家や官僚関係に入れば、思い通りにできると言ったように記憶しています。だから大学設立や教員、医師、他・・・・に入っていくのだと・・・・世間知らずのところがあり、平和ボケしていました。今にしてみれば、背筋が凍り付く思いです。
っが・・・現実、実行されています。しかし、・・・・

女性二人、熟女と若い方の組み合わせで訪問しているようです。言葉から発する事は、少し異様な感じがします。ここにきて、訪問回数が頻繁です。何処の宗教団体かは、分かりません。ひょっとして、このことと、衆議院選に、なんら関係があるのかと思う事ことのほうが自然の様な気もします。上記の記事のないようが現実に起きたとしたならば、一番怖い事は、連立で、どっちにしても、あちらに、精通する人達が権力を振るまい思はぬ法律が出来てしまう事です。現に、いくつかの法案が成立しています。ここで、このことを、いきり立って述べる事もないと心の中で思っています。なぜなら、過去を見ても分かる様に日本人は、日本復興を、国民一丸となっり、一心不乱で、日本国家を築き上げてきた日本を愛する人達だからです。

戦前から日本人を、世界の人から恐れられていたこともあり、日本人気質の賢さ(技術面など・・・)技術では、多面的に優れているからです。その事が、それゆえで世界からは、敬遠されることもあります。っが、ようやく日本人は、野蛮ではなく平和主義でジェントルで協調精神も有り、無害人種である事が徐々にですが、認められ、世界から一目置かれる立場の日本になったようです。

現在、世界には、いろいろな主義が混存していますが、どんな、主義でも、結論は、国民の為の政治や国家姿勢であり、政治体質でなければなりません。そういえば、ある外国の記事に日本は、いつから共産主義になったの?っという記事を目にした事がありました。その記事を、詳しく見ていません。外国記者さんが、どんな日本を見て、記事にしたのかは、存じ上げませんが、基本、資本主義、民主主義国家は、まだ続くと思いますが、従来の姿では見えない政治政策になると思います。以前のブログに述べているので、ここでは、詳しくご説明を、はぶかせていただきます。話をまとめると、日本国憲法の宗教に関する法律の見直しや時代に沿った憲法規正の改善を主とした改革をしなければならないことは言うまでもない。

一、宗教憲法に定める規定を今一度、見直す必要がある。
一、日本国内の宗教法人、団体の見直し
一、カルト教団と指定される宗教の排除

これからの大日本帝国の方向性を、国民が過去の汚点を自覚し、日本の祖国を守っていかなければならない現実に背(そむ)けてはいられない現実に直視してください。「後悔は先にたたず」です。心して、衆議院解散選挙に臨むことを切に思います。

上記に述べた事は、世界各国、何処でもおき得ることです。特に、日本は、戦後、いろいろな要因やら柵(しがらみ)を容認せざる負えない政治体制や国内環境があり、ある程度、見てみぬ振りをせざるに至り、国家が出来上がった訳です。その昔ながらの柵体質を、今現代社会で、抜本から改革し、食い止めないと、日本の明日はなく、上記に述べた事は、全部繋がっている訳です。


追伸:
ある党の若い女性の衆議院議員さんが、国会決議に関する質問で、少子化問題の事でいっていた「政治の抜本的改革がなされない限り国民は、安心した生活ができない」と芯を突いた主張をされていた。若いのにしっかりした政治信念を持った方がいたとは少し未来に希望の光が射した感がした。まだ日本の政治家も捨てたもんじゃないと思う今日この頃である。

2009年2月22日日曜日

【世界のインターネットツールの飽和とモラル】

近年、世界が身近になりました。しかし、IT社会が進歩している中、ネットの世界はどうなのでしょう。
世界が進歩し始めて、1995年に庶民でも使えるパソコンが世界に広まりインターネットと言う新たな文明が構築され、今では、日常にも当たり前のように接する様になり、パーソナルコンピュータが出た時の異次元の世界に引きずり込まれたようなカルチャーショックの新鮮さはなく、日々食事のようにする習慣となんらかわりまく打ち解けている生活観のほうが不思議なくらいです。

しかし此の頃インターネット内を徘徊していて気が付いたのですが、今、支流のブログやSNSやWeb 2.0ツールが沢山ありますがその中の一例でブログを取り上げて述べる事にしますが、皆さんは、ブログを始めるときにいろいろな自分なりのブログ活用(スタイル)をされ、ブログに思いを膨らませ発信をしていると思います。しかし、近年、世界のインターネット人口が多くなるに連れて皆さんは、同じ情報を共有しあうようになり、胸膨らませた時期、世界の人々と情報を共有し合えればと発信していた頃のネット社会とは違う情報の飽和状態の社会に気が付き、ブログを更新する意味が分からない状態です。

「ネットで何が出来る」をコンセプトにいろいろなことを自分なりに手がけてきました。上記に記したブログ更新も一部ですがいろいろな事を手がける中、疑問を持ち始める様になり、もう一度原点に戻りインターネットのシステムとは?をいろいろな視点から個人的に見直してみたいと思い始め個人対インターネット社会とどう関わっていかねばならないのか?インターネットは、個人また自分にとって何なのか?を摸索しようと思います。

現在インターネット社会がリアル社会にも浸透する今日(こんにち)インターネットのモラルも問われいろいろなネット問題も起きる様になりました。一部の事をいいますと、最近耳にした裏サイトと称するネット掲示板での個人に対しての誹謗中傷をする書き込みの問題、個人情報に対しての過剰批難やバッシング、ネットストーカーなど・・・わたしも以前からネット社会に提案していた事に逆恨みされあらぬ噂が流れていたりストーカー的書き込みが今でも続いているように思います。リアル的にも付きとめられたのかそれらしき影も見え隠れしているみたいな感があります。まだ惨事には至っていませんが・・・ネットの災害は、実際経験した方でないと分からないと思います。今現在リアル社会とネット人口が半々としても、もしこのまま続くとネット人口がリアル人口をはるかに上回りもっと深刻に国内や世界規模まで膨らむ社会大問題に発展する事と思います。

リアル社会が複雑する中インターネット社会も比例して複雑化して行きます。リアル社会でもネット社会でも時代に沿った考え方が問われます。そういえば、大阪府知事さんの「携帯を学校に持ち込まない」政策宣言はこれからネット社会が複雑する中、子供達へのインターネット災害の防壁に繋がる事を切に願いたい。


P.S:ここでインターネットで「何が出来る」活動を停止したいと思います。全ての自己インターネット構築も停止します。からこれからは、インターネット社会の行く末を影から見て行こうと思います。もちろんブログ更新も全て停止します。それでは皆さんにとってこの世で良いインターネット世界であります様お祈り申し上げております。さようなら