2013年1月16日水曜日

【 既存保守たちYO、もう、そういう時代じゃないし、既に文明が変革しているから】



【 既存保守たちYO、もう、そういう時代じゃないし、既に文明が変革しているから】

現代の社会は、戦後の工業国植民地促進化に気付かなく知らずと依存させられた先進国への植民地化にどっぷり浸かりきった日本に生きる人達は、もう覚醒し自己啓発始め未来を変えられる若者達と人生短いながらも次世代に対し貢献する志を持つ人達が立ち上がった。60年とも言える長き一党政治の下で一パーセントの世界支配者たちに勝手気ままに世界を動かされてきたが、現在に生きる世界の人々は、其の世界が歴史に至る現実社会と認識し人間と言う生涯のスクリーンに映し出されていると認識するも実は、皆幻である一部の人達にマインドされた世界に生き錯覚認識の下で当然の如く人間の人生であるともくもく一部の人達のゲームの駒であったにすぎなく、ゾンビの様になっていた自分や社会の人々の真の姿を垣間見た時代に目覚めたのである。

人間という生き物は、皆、怠け者で自己中心的主義者で攻撃的な生き物である。個々に社会環境におかれた人間は、自分が生きる星の下である世界に強制的に依存させられ、子供の時代に人間は皆平等であると教えられ、大人になると社会の汚さを知る。最近知った衝撃事で、自分は何といままでの人生において無知な存在であったかを思い知らされる。また、政治家、行政関係、警察等、国に使えた職種の人達は、お国の為、国民の為に働いてると長年信じ込み、接してきたが、真逆の無法裏社会を知る。教育では、民主主義と強調し教えを得るも真逆な社会の大人の身勝手な世界へと引き込まれ、人それぞれ環境と関わった人達により人生の生き方が決められてしまう世界に生き続けなければならなく、また、自分の人生は自分で決め生きていると錯覚し、人々も先に述べた如く影響されて生きていることすら気づかなく生きている者もいる。ここで少し話が逸れるが、このことは生きる事にも左右する重大な要因になる人達も居るかもしれないのでお付き合い願いたい。

現代の科学力を持って証明する学者さんの論理を用いて述べるとするならば、今から話す事に納得を頂けるのではないかと思います。以前ブログに「地球と言う星に依存する万物霊長と称す人間と言う生き物のは、「神が創りし生き物」である事が、現代の科学を持って証明する事にもなるのではないか。地球と言う星は、現代科学に於いて宇宙は何故に生まれ地球がどういう過程で生まれ出来たかは皆さんいろいろなことから知る事とおもいますが、其の一説に地球の長きに渡る周期に於いて氷河期時代とありますが、調べたところ対義語は無いらしく強いて言えば温暖気候の時代とでも言っておきましょうかこのことに関してこれから述べることに対し議論する事ではないのでご興味ある方は個々でお調べ頂くとし、言いたいことは、氷河期時代周期が四万年に一度の来るということが重要で、これからの時代人間の科学力を持って氷河期の時代を乗り切る術があれば別として、古来から人間が存在できたとするなら必ず四万年に一度淘汰(消滅)されていなくてはならなければならないことになりますが、そこで一つの仮説が生まれます。現在アメリカにのNASA機構でいろいろと人間らしき生物の存在したとされる証拠が発見等されている中での話です。戦前ドイツのナチであるドイツ人科学者と日本科学者とまだ他国で関係する人達が火星に行ったとされるお話も事実のようですっとすれば、地球のある一部の人達はどのような人達(生命体)であるかが計り知れるところですが、実際は映画の世界です。しかし、つい最近神について触れた人達が何らかの理由からヒットマンの手により亡くなられています。私は、今回も神に対しては恐れ多くて触れませんが、何らかの理由から関与している事である事に対し否めないところです。

上記に述べた四万年に一度の周期でやって来る時代に関して地球外生命体はともかく地球に依存する人間(生命体)は、一時避難するか学力を有していると私の中では推測していますが、もし、一緒に逃げましょうっと誘われても付いては行かないでしょうけど、今まで述べてきたことをまとめると一部の人間に限り地球と言う星が存続し人間と言う動物が絶えても永遠存続し得ることにお気づきになりましたか。ならば、共存という形を執(と)らざる負(お)えない事の事実も受け入れる事にも依存する事にもなります。逸れた話が長くなりましたが、では、現代の地球の社会は何時の時代であるかが想定されます。たまたま、地球の時代や人間社会の時代が最悪な時代を迎えたとしても地球の歴史から比べれば人間誕生から現在までの歴史は、地球の歴史と比べられないほどの小さな出来事です。少し遠くから見すぎた感がありますが、現代に生きる人間の生涯である課せられた年数は本当に短い物です。ましてや其の年数を真っ当に極楽往生する人間も限られる時代です。そんな事を考えると現代に生きる事の尊さが如何に大切であるかが分ると思います。

地球と言う星の限られた人間だけが、かろうじて偽の平和社会に生きらえている事に先人達に感謝すべきです。また、人間の歴史は、現代の社会に於いて先進国の一部の人間位でのみであることに気付くべきです。もし、もっと余裕が持てる寛大なる人達は、世界の人達に偽の社会から救い出すお手伝いをして頂ければ最高の名誉に存じます。これから徐々に本題に進めて行きたいと思いますが、現代から歴史を振り返ると人間の辿る未来である初期時代で、もう、人間は、自ら築き上げてきた社会システムにギブアップしているご様子で、何と申し上げたらよいやら言葉を選ぶ事に戸惑いを感じつつ如何に戦争で、有能な人達が犠牲の下に無能な人間が、現代社会にふんぞり返って、社会のリーダー気取りをしている事にムカつきを感じ、また、腐った人間社会に成り下がっていることに怒りを覚える次第です。大富豪でも最下位でも環境の神が授ける環境の星の下に生まれた事は、神のいたずらと捉え出来る限り生きる環境のなかで「社会に対し何が出来る」を志す人達が現代社会の各国の人々が覚醒し立ち上がっていることに喜びを感じています。

もし、戦後の人間が生きる未来に向けた方向性を間違えなければ今頃人間社会は、もっと地球外生命体的な社会に近づいていたに違いはないと思っています。現代世界各国と共有が出来るようになっていろいろな真実を知る事になり、脅かされる事、しばしば御座います。一例を言うと、著作権が如何に足かせになり社会発展の足かせになっているか、また、一部の利権者の保守的に依存し利権に利用され本来の意味を成していないことが、これから話す事に納得を頂ける事と思います。以前、いや、今も問題になっているAKTAの存在です。確かにネット社会の無法地帯化に成らない様にすることには賛成ですが、現代社会システムにおいては無理があるようにも思える何故なら利権システム化しお足の流れが拡散的ではなく一方方向のみに流れている事に問題があることに気付かされました。現代に於いてネット社会(仮想社会とも言われている)(非リアル社会)に於いては、リアル社会と真逆なシステムに依存している事に喜びを隠し切れなくとても良い方向に向かっている事に対し喜びを感じてます。

何故にネット社会が酷使(こくし)されているかと言うと、くどく申し上げる事となりますが、またかっという執り方をされれば、これから話す事は無意味な結果に終わる事になり、また、本来の人間の幸せの一歩からも遠ざかる事にもなります。なぜなら上記にも述べたように一部の人間となんら変わらない非道な人達と同じ人間と言うことにもなり何時か人間社会から弾き飛ばされるもっとも身近な存在であるからです。そうならないようにお話だけでもお聴き頂ければ幸いに存じます。現代の社会システムは、いろいろな都市伝説的は社会思想に依存した噂を耳にすることと思いますが、また、私もブログに於いて提唱もしてきました。しかし、個々に於いて受け止め方が千差万別(せんさばんべつ)であり、受け止め方は個人の自由ですから如何様にも受けてもらっていただいても結構ですが、シンプル的に考えていただき人間社会に於いて選択する事は、人間らしさからの誇りを持った気持ちで対応し受け止めて頂きたいことが一番の最良であると思っております。もし、世界の科学者のなかで、新発見を知的思考で受け止めていたのならば、現代の日本に於ける事態にも簡単に対応でき100万年たってもなくならない放射能にも対処できたと思います。しかし、ちまたの話では、放射能除去装置なるものが、存在しているらしい事も周知であるらしい事であると聞いた事があります。そう考え受け止めると何かが分る事になりますが、ここでは分った方のみ分っていただければ幸いですので、訳には触れません。

そう、一例の話をまだしていなかった事に気づきました。お正月に何気にある言葉を検索(今は、いろいろなジャンルから絞り込め、見方も変えられる多機能検索エンジン)したところ動画を発見に至り、日本国内では視聴出来ない(著作権絡み)動画を見れる事に感激、感動を覚えました。他国なら簡単に見れる事が、国内のインターネット網の統制により見れなく何事に対しても誘導された視野内であることに気づかされました。国内インターネットプロバイダーでも、思想の違う人達でいろいろ分かれますが、政府に近い企業では最悪で回線は乗っ取られるはPC遠隔され放題、終いにはファイルまでも持ってゆかれる。これも先日決まった法の下で国家権力行使で如何様にも出来るシステムと体制である以上、私どものような最下位者達は、何時まで経っても日の目を見れない社会に依存する事になるのが落ちですが・・。また、反対者から言わせれば、いろいろ屁理屈ごねて来ます。「この世は民主主義だとか、弱肉強食の世界、やったモンの勝ち」とか、いやなら国外へと誘う訳の分らない理屈を付け何癖を付けてきますが、私からしてみれば其の人達も所詮、弾き飛ばされる事を理解している身の置き場のない恐怖から茂垣喘ぐ叫びとも取れます。供に私達と同じ犠牲者なのです。悲しき奴隷の性なのでしょうか。生きる為とは言え人間の誇りを捨てる事にいささか疑問を感じます。

私思うに、PL法という法律が出来ている事を覚えているでしょうか。この法律は、今の世の中でもっとも必要であり、しかしながら人間としては悲しい事でもあります。本来なら人間は自己の下で判断を下し社会等の生活に依存ますが、今の社会は、社会から判断を下されます。これは、人間社会にとっては不条理な現象で真逆な社会です。人間の一番大切なことが、自ら壊し最終的には社会の法則に依存し指示される事は不名誉な事でも有り人間らしさを自ら放棄している事を表している事に不思議を感じます。今の世の人達は、何を思い何を考え生きているのでしょうか。私らの世代は、していいこと、してはならないこと、など厳しくしつけられ、また世の大人達からも教助され良い事悪い事の境を厳しく叩き込まれました。威厳ある大人でありそれなりに年上に対し敬う心で接しる事も教えられましたが、現代、一国一城の主(いっこくいちじょうのあるじ)ともいえる家族システムが社会システムの崩壊で、一番人間の根本のシステムである家族にも社会の波が押し寄せ崩壊し人間システムまでも崩壊した社会に於いて教養を求めるほうも間違っているのかも疑問ですが、「・・・」なくして人間らしさは語れないでしょうね。

他国を見てみるともっと面白い法律や規則等があり、身近のアメリカのように逆に訴えられ勝訴されるという何とも可笑しな社会システムになっていますが、日本もPL法が出来た事に不思議を感じていましたが、まさか日本も現在、アメリカ的社会に似た現象が起きていることに驚かされます。カルチャーショックとも言える衝撃でイオナズンを用いても対応仕切れないほどです。考え方が進歩しているとはとても思えませんやっぱり考え方が後退しているのだと思います。これも社会の仕組みと道徳教育をないがしろにした結果なのでしょう。神もお怒りでムー大陸と同じように沈めたくもなりますわな。

日本は、戦後、如何に統制された国家であるかに気付かされます。「戦後の無能な人間社会システム」と題して(タイトルは変わるかもしれません)何時か書き綴りたいと思っていますのでここでは触れないでおこうと思います。